夜も更けた午前0時過ぎ。既に人では疎らではあるが、このシュテルンビルトではまだ光が煌々と照っていた。眠らない街というより、眠れないのだ。人が眠れなければ各企業だって眠れない。そうすれば働く人びとは昼夜問わず、みな眠れず動き続ける。
久し振りに歩く暗闇の街を、男は軽やかに駆け抜けていた。
何処へ行くのはは自身もわからなかった。ただただ風を切り、走り行くのが楽しかった。
ゴールドステージのマンションエントランス。そこにたどり着いて男は建物を見上げた。風が頬をなで、服を揺らし、髪を揺らす。誰かに撫でられたようなくすぐったさを感じながら、男は空で覚えているロックナンバーを押して中へと入っていった。
なぜ知っているのだろう。
そんな疑問が浮かんだがすぐに消える。今は身体が動くがままに動いているのだ。そんな事はどうだって良かった。
目的の部屋につき、インターホンを押して来客を伝える。
夜中の訪問者。
家主であるバーナビー・ブルックスJr.は、けたたましく鳴り響く音に目を醒ました。ボサボサになった髪を手で撫でながら、時間を確認すればまだ日付が変わって30分程度しか経っていない。こんな非常識な時間に来客となれば、一人ぐらいしか知らない。
室内が賑やかに喚き続ける中、バーナビーは寝室からリビングへと重い足取りで歩き、玄関モニター前に立った。指先で軽く触れて操作するとモニターには見慣れた帽子の人影が映しだされた。
「まったく今何時だと思ってるんですか」
嫌味を言いながら、それでも彼が来たという事が少しだけ嬉しかった。だがこんな時間に連絡もなく来るのは彼らしくない。泥酔しているのか、それとも悪い夢でも見たのか。後者程度で人に家に突然来るような人ではないと思いいたり、首をかしげながらバーナビーは施錠を解いた。
開かれた扉。その先にいた男。鏑木・T・虎徹は、顔を上げて笑った。
その笑みが普通では無いと咄嗟に判断して、バーナビーは虎徹を突き飛ばそうと手を伸ばした。
「お前は誰だ!」
伸ばされた手を掴み、虎徹は笑みを浮かべたままバーナビーに殴りかかろうと腕を振り上げた。
僅かな筋肉の動きを見切り、バーナビーは心のなかで虎徹に謝りながら、思い切り足をなぎ払った。
「ッ!」
バランスを崩して虎徹がその場に倒れこむ。このまま放置して扉を閉めるのが一番だとは思う。だが仮にも相棒で、尚且つ恋人である虎徹を原因もわからないまま放置などバーナビーの心情的に許されるはずもない。腕を握り返し虎徹を部屋に放り込もうとしたが、据わった目の虎徹がソレを許さず力を込めて腕を引いていた。
「虎徹さん?」
バーナビーに掴まれていた手をフーフーと息を掛け、ぷらぷらと振りながら虎徹は座り込んだままバーナビーを見上げた。
無表情の褐色の瞳が映し出すのは自分だ。
だが、バーナビーの瞳に映り込む男は虎徹であって虎徹でない。
「誰だ、アンタ……」
「俺は俺だよ?」
歌うように言って虎徹は立ち上がると、つまらなそうに呟いた。
「時間だ。行かねぇと。じゃあな」
笑って去っていく虎徹を、バーナビーはあっけに取られた表情で見つめていた。
それしか出来なかった。
そして、この日から鏑木・T・虎徹が消息を絶った。
「最後に会ったのはバーナビー君、キミなんだ。何か知らないのかい?」
ロイズの一言に、バーナビーはため息を吐いて首を左右に振った。
「僕も今思えば、あのあと追いかけるべきだったと後悔している程です。連絡は、取れませんよね」
「ああ。電話も繋がらなければ緊急用の連絡も全く取れない。まったく、彼はどこへ行ったんだか」
広く整頓されたロイズの部屋で、バーナビーはいつも隣にいる存在がいないという現実をつきつけられていた。
虎徹の消息が絶ってから、1週間が過ぎた。
はじめはサボっているのかと思った。だがすぐに連絡が取れないことに不信感が募り、失踪1日目にしてすぐにこれが非常事態なのだと認識した。
ワイルドタイガーの居ないHERO TVは、いつものように問題なく放映されるし、バーナビーもいつものように活動をしていた。それでもやはり一年以上時間を共にしていた相棒が隣に居ないのは、違和感を感じざるを得なかった。
それは最初こそ笑いながら見ていた視聴者も同じで、局にはなぜワイルドタイガーがいないのか。という電話さえも来るということで、今ではヒーロー全員が暇を見ては虎徹の行方を探すべく情報収集を心がけていた。
「まったく。これ以上無断欠勤が続くようなら首だよ、首」
ため息混じりに言い放ったロイズの言葉に刺が無いのを知って、バーナビーは苦笑を浮かべた。
「本当に。どこに行ったんですかね、あの人は……今日は予定、ありませんでしたよね」
「ああ。君たち二人の予定は大体キャンセルしたよ。先方も、二人揃ってが条件だったから快く飲んでくれた。また彼が戻ってきたら一緒にってね」
「愛されてますね、あんな人でも」
「あんなんだから、意外と愛されるんだよ」
ロイズの言葉にバーナビーは自分の事のように嬉しくなり、やさしく笑っていた。
虎徹の人柄は一言で言えばお節介である。
そのお節介に柔和されていく人が後を絶たない。と、バーナビーは思っていた。自分がそうなのだから。
まだ無理やりコンビを組まされた頃、虎徹が勝手に携帯に登録した番号を呼び出した。誰が電話などするものか、と消そうと思ったが消せなかった。今考えれば、あの頃から少なからず彼に領域を侵食され、そして徐々にそれを許していたのだと思う。
絶対的な心の壁を、彼は簡単に殴って壊して踏み荒らして笑う。腹立たしいだけで、何度も何度も壁を作り上げ拒絶しようとしても、彼は何度も何度も同じ事を繰り返す。
電話を鳴らす。呼び出し音が延々と鳴り響く。まるで自分が拒絶されているように思えて気分が落ちた。
闇雲に歩くのも何だと思い、バーナビーは駐車場へ向かうと自分の車に乗り込んだ。キーを差しこみ、もう一度電話をかけてみるがやはり繋がらない。
キーを回し、エンジンをかけて電話を助手席にほうり投げた。
「バニーは本当運転丁寧だよな。俺なんて楓に『酔うからもっと丁寧に運転して!』って言われるんだぜ?」
前に酔っ払った虎徹を拾った際、頬を赤らめて気持ちよさ気に目を閉じて言っていた彼の言葉を反芻した。あの頃はまだ虎徹とはただのコンビという域を出なかったので、なぜ自分がこんなことをしているのかと苛々しながらその言葉を聞いていた。その言葉を紡いだ唇はだらし無く開かれ、寝息をすぐに立てたのを機能のことのように思い出せる。
少しずつ虎徹という人柄に惹かれ始めていた頃が懐かしかった。
ブロンズステージはその名の通り、ゴールドステージとは煌びやかさが違う。滅多に足を踏み込まなかった地区なので、はじめはその色の違いに驚いていたが、今ではもうこのくすんだ色に慣れていた。
知った道を来るまで走り抜け、目的のメゾンにたどり着く。そしてドアノブに手をかけて首をかしげた。
昨日まで閉まっていたドアが開いている。手に持っていた合鍵を差し込もうとして止めて、バーナビーはゆっくりとドアノブをひねった。
「こて、つさん?」
久しく声を出していなかったかのように、喉が張り付いて上手く発声できなかった。咳払いをしてもう一度繰り返し、部屋の中へと歩を進めていった。
広く雑多に物が置かれている部屋は、彼が居たときそのままの状態だった。
そして確かのその部屋には人の気配がする。
バーナビーはその気配が彼のものなのか判断が付けられず、慎重に一歩一歩進むことにした。しかしその気配がどこにあるのか分からない。
ざっと見たところ人影はなかった。ならば、ロフト部分の虎徹の寝床として使われている一角しかない。
息を呑んでロフトへと向かった。慎重に登り、クシャクシャになったブランケットを掴んで胸をなでおろした。
そこに虎徹はいた。
丸くなって眠りに就いている虎徹は、実年齢より若干幼く見えた。気持ちよさ気に静かな寝息を立てている。その姿を見てホッとしたが、ひとつの疑問が浮かんだ。
昨日までは部屋に居なかった彼が、なぜ今ここに居るのか。帰ってきたといえばそのとおりなのだが、電話にもPDA経由の連絡も受話されなかった。
首をかしげながら、起こすのは忍びなかったが今は仕方ないと思い、手を伸ばし虎徹の頬に触れた。
「ん……」
指の甲で頬を撫で、首筋をたどり肩を掴んで揺らした。
「虎徹さん、虎徹さん。起きて下さい」
「んー……んん」
バーナビーの手を払い、虎徹は寝返りを打ちブランケットを頭から被った。
思わず笑って、このまま抱きしめてしまいたい衝動にかられるが今はその時ではない。
「虎徹さん……起きて下さい。色々、話ししたいことがあるんで、虎徹さん」
何度も何度も執拗に揺らし続けていると、虎徹はうっすらと瞼を開けた。小さく何度も瞬きを繰り返し、いつもの瞳がバーナビーを映す。
「……ん?」
「おはようございます、虎徹さん。今までどこをほっつき歩いてたんですか。ロイズさんも怒ってましたよ。それに、TV局にもなんでワイルドタイガーがいないんだって苦情が来たそうですよ。仕事も幾つかキャンセルになりました。僕と貴方がいての仕事だったそうで。この一週間の借りはかなり高いですよ? 虎徹さん」
バーナビーの声を聞きながら、虎徹はただただバーナビーを見つめていた。声は届いているが、その意味を聞き入れていないうつろな瞳がバーナビーに向けられて。
「虎徹さん?」
「お前、誰」
「え?」
バーナビーは思わず素っ頓狂な声を上げて、動きと言葉をすべて止めた。
「何寝ぼけてるんですか」
「いや、俺お前知らねぇし。つか人の家に何勝手に入ってきてんだよ。俺の家なんて何も盗るもんなんてねぇぞ?」
明らかに蔑んだ色を浮かべはじめた瞳にバーナビーが映り込む。
バーナビーもコレがただの寝起きの戯れだとは思わないし、虎徹が嘘を言っているようにも思えなかった。
彼の中に自分が居ない。
「寝言は寝て言ってくださいよ、オジサン」
「だれがオジサンだぁ? てめーさっき俺の名前呼んでただろうが!」
「じゃあ、ワイルドタイガー。寝言は寝て行ってください。ヒーロー職務も放棄して。なにしてるんですか」
「わいるど、たいがぁ? 何だソレ」
その一言でバーナビーの思考回路は機能を停止させた。
心電図異常なし。脳波異常なし。基礎身体能力平常。NEXTとしての能力正常値。
「ねぇ、俺なんでこんなことされてんの」
「黙ってて下さい」
ベッドに無理やり寝かせられた虎徹の身体のアチラコチラに電極につながれたコードが垂れ下がっていた。その隣でパイプ椅子に座り腕を組み、不機嫌を絵に描いたような態度でバーナビーはため息をついた。
ワイルドタイガーの名を忘れるなど虎徹に限ってありえない。
何だソレ、と言われた瞬間、虎徹に何か異変が起きているのだろうと咄嗟に判断して、バーナビーは至急ロイズに連絡を取っていた。
詳細は後ほど。今は虎徹を逃さない事を最優先に。
状況がまるで把握できていない虎徹は、人の家に土足で踏み込んできて、尚且つ自分の名を知っていて、自分の知らない事を口にする正体不明の若者に手を上げようとしていた。その腕を難なく掴んで抑えこむと、バーナビーは虎徹の瞳をじっと睨みつけて説明をした。
「いいですか。僕はあなたのパートナーです。あなたはワイルドタイガー、僕はバーナビー・ブルックスJr.として共にシュテルンビルトの平和を守るヒーローとして戦ってます」
「は? ヒーロー……俺が?」
「はい」
バカ言え、と笑いながら言った虎徹の手を握っていた指の力が、ふっと抜け落ちた。
すべて悪ふざけだと思っていた。思いたかった。だからバーナビーは虎徹の頬を掴むと、笑い声を紡ぐ唇に自分のそれを押し付けた。
完全なる拒絶の声と拳が飛んで来た。
バーナビーは殴られた頬を赤く染め、それでもじっと虎徹を睨みつけていた。
眼の前に居る虎徹は、虎徹であって虎徹ではない。何故なら、自分をたとえ忘れたとしても、他のヒーローたちを忘れたとしても、自身がヒーローであることなど忘れる筈がないと信じていたから。
「何しやがるッ!」
「ロイズさんが来るにはまだ時間があります」
「は?」
「降りて下さい。あなたがワイルドタイガーである証拠を見せますから」
もう一度手首を掴みロフトを降りるよう促した。だが不審者に突然キスをされ更に知らないヒーロー名を出され自分がヒーローであるなど言われたところで、信じろという方が無理な話だ。
虎徹はバーナビーの手を振り払うと、極稀に見せる冷たい瞳で睨みつけた。その瞳は本来犯罪人へ向けられるはずの色をバーナビーに向けていた。
「出て行け。今なら警察も呼ばない」
「呼んだところで困るのはあなたです。こちらの対処はいくらでも出来ますから。それ以前に呼ばせません」
手首に爪が喰い込むほど力を込めてふと気がついた。腕を目線の高さまで上げ、バーナビーは眉間のシワを深く刻んだ。いつも虎徹がつけているPDAが無い。
「虎徹さん、PDAは」
「は?」
「それも覚えがない、か……」
嫌がる虎徹を無理やりリビングへ降ろし、彼が大事にとってある雑誌を本棚から勝手に抜き出しテーブルに広げた。その間手首は絶対に離さなかった。
数冊は表紙もよれよれに、角が毛羽立っているほど読み込まれている。もう数冊はまだ真新しく、そして表紙には「TIGER&BARNABY」の文字が踊っている。
「こっちはもちろん覚えてますよね」
ヨレヨレの雑誌を適当に開けば、読み込まれたページがぱっと開かれる。そこには見開きで大きく特集を組まれている、虎徹の永遠のヒーロー。
「ああ、レジェンドは俺のヒーローだ」
「なら、こっちは」
表紙を見せつけるが、虎徹は肩を竦めてそれを答えとした。
「知らねぇ」
「これは、僕です。そしてこれは、あなただ」
言葉を一節一節区切りながら、指で自分を指して紙面を指し、虎徹を指して紙面を指した。まじまじとワイルドタイガーを見つめ、虎徹は首を捻りながら顔を上げた。
「なに言ってんだお前。冗談?」
「冗談言ってるのはそっちです」
「俺からしたらお前のほうが冗談きついって。突然俺の家にやってきて何だよキスまでして。っていうか、なんで俺の家入れてんの!」
「鍵閉めてませんでしたよ。無用心すぎるんです。それに鍵しめてたとしても、僕は合鍵持ってますから」
ポケットから取り出した車の鍵と一緒に付けられた合鍵を揺らし見せびらかして、テーブルにそれらをほうり投げた。ガチャガチャとうるさい音が響き、軽く身体を強ばらせた虎徹は、バーナビーを不信な目で見つめた。
「お前本当なんなの」
「それはこっちの台詞です。寝て起きたら夢でした、とか、コレは実はアニエスさんの目論見で僕はドッキリにはめられてるだけだ、とか。そう言って下さい。そうすればこの手離しますから」
俯いて落とした言葉に反応は無かった。
さっきから握りしめている手首にほんのりと赤い指の痕が付いている。痛々しくも見えるが、彼の浅黒い肌にはその赤が淫靡に映える。このままソファーに押し倒してキスをしたらまた殴られるだろう。ソレ以上ことに及ぶものならば、反対の頬も殴られるに違いない。右の頬を打たれたら左の頬を差し出せとはいうが、今はそんな抵抗を見せる余裕は無い。
次に殴られたら殴り返す自信がある。そんな自信はいらない。
ふと顔を上げてバーナビーは考えた。レジェンドのことは覚えている。自分のことは覚えているというならば、彼は覚えているのだろうか。
「虎徹さん」
「んだよ、お前に名前で呼ばれる筋合い、な」
「アレは、誰ですか?」
文句を言いながらバーナビーを睨みつけ、つむぐ言葉の先に幾つも並んだ写真が目に入った。口を開けたまま虎徹はその写真をじっと見つめた。瞬きを何度もして、ゆっくりと唇を閉じていく。
それは一瞬のことだった。しかしバーナビーには凄く長く感じたし、重く感じていた。
虎徹の唇が再び開かれバーナビーを睨みつけながら、でもその瞳に困惑の色を滲ませて言う。
「知らねぇ」
規則正しく電子音を鳴らす検査機器の和音をBGMに、バーナビーはじっと床の一点を見つめていた。
正直、虎徹が自分を忘れることや、ヒーロー達を忘れることはまだ良いと仮定して、彼が今は無き妻や遠く離れて暮らしている娘のことを忘れるなど、あってはならないと思った。
それらは彼の世界の一つであり、そして大きい。己の記憶など小さな物でよかった。彼の中からそれらが消えてしまうことは、彼を否定しているようで嫌だった。
しかし実際は、どこかで喜ばしくも感じるどす黒い感情が蠢いているのも確かだ。
彼から決して剥がすことのできない、彼の過去とこれからの未来。それが今彼の全てから消え去っている。
写真を見ても、彼は何も知らないと言った。ただ、笑顔の自分と彼女の写真を見つめて虎徹は優しい笑みを浮かべて「優しそうな人だな」と呟いた。
自分がいるのに自分の記憶にない記録。それを突きつけられた事によって、虎徹は少しだけバーナビーの言葉を信じる素振りを見せ始めた。なので特に取っ組み合いをすることもなく病院まで運ぶことが出来た。
手首を離した時、残っていた痕が少しだけ痛々しかった。
「おーい。おーい。えっと、バナービーさーん?」
「バーナビーです」
呼ばれて顔を上げると、検査が終わった虎徹がベッドに腰掛けてバーナビーを見下ろしていた。ぐるりと首を回して背伸びをする。その様子をじっと見上げた。
「どうでした」
「どうって、何が」
「いえ。何か思い出したか、と」
「まさか。俺にとっては何も忘れてるなんて思っちゃいねぇんだよ」
「そうですか」
だがあの写真は引っかかるんだよなぁ、と呟きながらベッドから降りて虎徹は靴を履いた。
家まで送ると提案したが却下され、虎徹はバーナビーに冷たい眼差しを投げた。
「金輪際俺に近づくな。いいな」
「いやです」
「だっ! 何でだよ」
「あなたはそこに、居るべき人ではないから」
虎徹の居るべき場所は自分の隣であり、ワイルドタイガーとして街を守り、そして最愛の人との子供には情けない父親だと思われて。それでもヒーローであろうと必死にもがく。カッコ悪いヒーローであって欲しかった。
バーナビーの携帯が鳴り、虎徹には「ココは病室だぞ」と厭味ったらしく言われたが気にせずに受話ボタンを押した。
「はい」
電話の相手はロイズだった。そしてその内容を聞いて、立ち去ろうと一歩足を踏み出した虎徹の腕を掴んでバーナビーは電話越しに相槌を打っていた。
「はい……はい、わかりました。はい」
「おい、離せよ」
「じゃあすぐ行きます。はい。ありがとうございます」
終話ボタンを押した。掴んでいる手を振り払おうとする虎徹の抵抗を抑えこみ、バーナビーはポケットに電話をしまい込んだ。
「離せ」
「離しません」
「何なんだよ。俺何も知らねーって」
困ったような怒ったような表情を浮かべて虎徹はバーナビーを見つめていた。いつもの戸惑いの瞳に、やはり彼は虎徹なのだと再確認させられ、バーナビーはため息をついて虎徹の腕を引いた。
「知らないあなたに朗報です。記憶には無いみたいですけど、一度深夜に突然僕の家に押しかけてきたんですよ、あなたは」
「俺が?」
「ええ」
自分が知らない自分があちらこちらにいて、虎徹は気持ち悪さを感じ始めていた。
周りの誰もが知っている虎徹という人間は自分ではない。そして目の前の男は自分が知らない虎徹という人間をよく知っている。
それは自分じゃないと何度声を荒げても、バーナビーは一蹴する。あなたでないはずがない、と声を荒げて真剣な眼差しで言い張るバーナビーに虎徹は戸惑っていた。
自分ではないのだと。バーナビーが見ている虎徹という人物は自分ではなく、多分もう居ない違う人物なのだと上手く言葉にできないでいた。嫌なら本気でこの手を振り払い逃げることも不可能ではない。
なぜか身体が本気で抵抗をしなかった。力が入らないとかではなく、それをしてはいけないと思う。
(何なんだ)
もう二度と彼を裏切ってはいけないと、何かが警告する。
困り果てた表情で見つめる虎徹に、バーナビーはふっと優しい笑みを浮かべた。
「その日の、僕の家に来る前のあなたの映像が見つかったそうです。街に設置されてる監視カメラの一部から。その映像を解析班に出した結果、それは紛れもなくあなただと答えが出たそうです。その映像をこれから確認しに行きます。もしかしたら何か思い出せるかも知れないし、何か解決の糸口が見つかるかも知れない」
先程までの力とは違う力強さで手首を握られた。不安と、優しさが滲む指先に、虎徹は再び戸惑う。
彼の笑みとその指先から、悲しみと不安が一緒くたに伝わってくる理由が分からない。赤の他人だというのに虎徹は申し訳ない気持ちでいっぱいになり口を噤んだ。
「行きますよ、虎徹さん」
腕をひかれ発せられたその一言が妙に嬉しく感じた。
その理由は何も分からない。
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