サニーサイドアップ
2011.08.28.「GoodComicCity」にて無料配布。
料理は得意なほう――ではない。必要最低限のことはできるが、得意な料理は? と聞かれたら、作れる料理は? という質問の答えと同じになる。
広いキッチンのコンロの前。さすがに上半身裸のままでは油が跳ねて危険だ。適当に手繰り寄せたシャツを羽織り、昨夜脱ぎ捨てたままの下着を身に着け、虎徹はそこに立った。
髪もまだ整えられていないので、寝ぐせがあちこちに踊っているが気にしない。大きな欠伸をしながら、脇に置いてあるコップの中のオレンジジュースを飲みほす。
鼻歌交じりに熱されたフライパンに卵を割り落とす。ぷくぷくと白身が気泡を作りながら、色を透明から真っ白へと変えていった。
大きなあくびを一度して、踵を返して食器棚へ向かった。
トースターのタイマーがジリジリと時間を縮めている中、二枚のプレートを手にコンロの前に戻った。
「おはよう、虎徹くん」
「ん? あ、すかいは、ぅえ」
振り向きざまに名を呼ぼうとしたが、後ろから抱きしめられ言葉は途中で途切れた。肩口に顔を埋め、キースは匂いと存在を確かめながら「いい加減直してほしいな」と呟いた。
いつの間にか虎徹の足元に擦り寄ってきていたキースの愛犬ジョンが、鼻を鳴らして見上げた。
名を呼ぶのは、慣れていない。いや、慣れてはいるがそれは平常時以外である。ベッドの中で。それもかなり限界が近い状態で限定だ。その時ぐらいしか呼べないのは、気恥ずかしさがまだ抜けないからだ。
「んー……あ、焦げる」
天井を見上げ、なんと言おうか迷っていたがフライパンの中身を優先することにした。
フライ返しに手を伸ばし目玉焼きの下に滑り込ませる。ちらりと端を上げてみると、裏にはコンガリと焼き目がついていた。もう十分だ。
「なぁ、トースターからパン取ってきて」
「名前」
「……あー、キース。パン、取ってきて」
「わかった!」
ぱぁっと花が咲いたように、明るい笑顔を浮かべてキースは虎徹の手からプレートを奪い取った。
フライ返しの上に出来上がった目玉焼きを乗せたまま、虎徹は軽くため息を吐いた。口元には笑みを浮かべ、寝起きの緩やかな空気に気分を良くしながら。
くすぐったさに下を向けば、ジョンが尻尾をブンブンと音がなりそうなほど振りながら、虎徹の足を舐めていた。
「美味しくねぇよ、俺の足なんて」
キースの喜びはジョンの喜びでもあるのだろうか。そんなことを思う。
すぐにキースが二つのプレートの上にパンを乗せ戻ってきた。パンの上に目玉焼きを乗せコンロの火を消した。
「久しぶりに虎徹くんが作った料理が食べられて、私は嬉しい。とても嬉しいよ」
「料理つったって……目玉焼きだけだろ」
食前の挨拶を各々済ませ、虎徹は先に適当に作ったサラダに手を伸ばしていた。レタスを手でちぎって、プチトマトを添えれば終りだ。あとはマヨネーズがあれば完璧である。
キースは首を左右に振り、パンを口元に運びながら言う。
「私は虎徹くんと一緒に食事が出来ることが嬉しいんだ。それに、目玉焼きだってサラダだって、虎徹くんが作ってくれたから食べられるんだ。何だって私は嬉しいよ」
「あー、はいはい」
恥ずかしいヤツめ。と腹の中で悪態をつきながらも、虎徹は顔を少しだけ赤らめた。
インスタントで入れたコーヒーを先に飲みながら、ちらりとキースを見た。いつものように彼はパンの上の目玉焼きを、黄身から啜って食べようとしている。あれはキースの癖だ。
だからこそ、先に目玉焼きを焼いて、その後で他のサラダやコーヒーを入れてテーブルに運ぶ。そうすれば目玉焼きは、ある程度は冷める。
肘をついてその様子を眺めながら、虎徹は足元でこちらも朝食を食べているジョンへ視線を投げた。つんつんと足でつつくと、虎徹を見上げる。逃げたり嫌そうな素振りはしない。元々人懐っこい性格なのか、ジョンはすぐに虎徹に慣れた。そして今では、キースの家に入ると同時に飛びかかってくる。
「うまいかー?」
ジョンに向かって言うと、ワンと声が返ってきて。
「あふっ!」
「へ?」
それと同時にやはりいつもの様に啜って食べようとした目玉焼きで、舌を火傷するというキースの姿に、虎徹は苦笑を浮かべた。キースのプレートの前に置いてあったコップを差し出した。中身は先程虎徹が飲んでいたオレンジジュースと同じものが入っている。こちらは冷蔵庫から出してすぐなので、かなり冷たい。
「ほら」
慌ててパンをプレートに戻しながら、キースは手を伸ばした。コップを持つ虎徹の手に。
気づいたときには、少しだけ意地悪そうなキースの顔のドアップが広がっていて、唇を塞がれていた。啄むようなキスはすぐに離れる。唇を癖で舐めると、卵の黄身の味がした。
コップを手にして一気にオレンジジュースを飲み干す。
「お前なぁ。いい加減それやめろって」
「これが一番美味しいんだよ」
「大体いつもこのパターンだろ」
虎徹が家に泊まり、朝食を作る時は大体がこのパターンだ。ため息をついて、それでも満更でもない表情でコーヒーに口をつける。このやり取りは、嫌いではない。
「だって、楽しいじゃないか。虎徹くんがいる朝。好きなものを好きな人と食べるなんて、とても楽しいことだ。やめられるはずがない」
あっさりと言ったキースを、カップに口をつけたまま虎徹はじっと見詰め、顔を真赤に染め上げた。
彼との朝はやはり調子が崩される。しかし、そんな朝が嫌いではなかった。
END
22話でのおじさんのとあるせりふに、眼鏡が割れて書きなぐりました。