言葉では足りないから何度もつむぐ言葉

2011.08.28.「GoodComicCity」にて無料配布。

「だからいつも言ってますけど、虎徹さんは危機管理能力だとか、自分がどう他人に見られているかという自覚が無いというか。普段から僕が言ってるじゃないですか。もっと周りの目を気にして下さいって。今考えたら、本当初めてお姫様抱っこした時も思ったんですが、普通ならあの場合、何らかのアクションを起こしていいと思うんです。普通ならば。なのに虎徹さんはというと、顔を手で覆うなんて普通やりませんから。何ですかあれ。恥じらう乙女ですか? 今思えば腹立たしい。いや、僕は確かにあの瞬間から『なんだ、このオジサン』って思いましたよ。思いましたけど、それと同時に、その、あれですよ……とにかく、もう少し自覚を持って下さいって何度も言ってますよね。それに僕から言わせてもらえばその服装も納得いかないんですよ。なんですかそれ。腰ほっそいし、目立つし。いつも僕がどれだけ後ろから抱きしめたい衝動を抑えてるかわかります? 隣歩いてても、腕伸ばして引き寄せて、そのままキスしたいとか思ってるんですよ。思わないほうがおかしいですよ。その衝動を堪えて堪えて堪えてるっていうのに、虎徹さんはこっちの気も知らないで写真撮影の時とか肩組んでくるし、こっちに身体寄せてくるし。だからどんな状況下に陥っても、虎徹さんが止めろという権利は皆無なんです、皆無。わかりますか、聞いてますか?」
「あーうん。聞いてる。聞いてるから、バニーちゃん、ちょっと落ち着こうか」
 うんうん、と頷きながら、虎徹は真横で目を赤らめ力説していたバーナビーの肩をポンポンと叩いた。
 時は夕暮れ、場所は虎徹の部屋。珍しい来客は泥酔中。
「いいですか? 虎徹さんは気づいていないだけであって、気づいてる人は気づいてるんですよ。どれだけ魅力的か。僕からしたら虎徹さんは本当に本当に、ほんっとぉに……」
「なんだよ」
「好きです、愛してます」
 何度か酒を飲んだこともあるし、何度も身体を重ねたこともある一応現在の相棒であり恋人であるバーナビーだが、正直これほどの乱れっぷりを露呈させているのは初めてだった。だから虎徹は対処に困り、話を適当に聞きながら頷くだけにしていたのだが、どんどん支離滅裂になり、終いにはこれだ。突然何を言い出すのかわからない。
「バーナビーさーん。寝る? つかお前寝たほうが良いだろ」
「寝ません。っていうか、寝させません」
「いや、俺はいいんだよ。お前がな」
 目が据わっているバーナビーを見て、虎徹はあきれた笑みを浮かべた。手を伸ばして金糸に絡め、頭を掴んで思い切り自分の膝に押し付ける。
「え?」
「寝ろって」
 音を立ててこめかみにキスを落してやると、バーナビーは起き上がろうと身体に力を込めた。それを虎徹は渾身の力で押さえ込む。
「お前にしちゃあ饒舌だな」
「酔ったんです」
「そんな飲み方したか?」
「結構飲みましたよ。僕も、虎徹さんも」
 顔を上げてみると、机の上には幾本もの空き缶、空き瓶の群れがあちこちに形成されていた。その殆どはバーナビーが飲んだものだし、なにより彼はあまり食べないまま飲んだので回りが早かったのだろう。
 めったに見ないヒーローの痴態。とも言うべきか。
 押さえつけた頭を軽く撫でて、虎徹は口を開いた。
「お前はばかみたいに心配しすぎなんだって。っていうか、お前分かってる? 俺おっさんだから。お前最初会った時『行きますよ、オジサン』とか『無理はいけませんよ』とか年寄り扱い散々したくせにさ。今になって何だよそれ。馬鹿だろお前。お前ぐらいなもんだって、こんな野郎にそんなよからぬこと考えてるのなんて。な? それに、お前が心配する必要はねぇんだよ。俺は何処にも行かねぇし、お前以外にそんなのことさせる程モノ好きじゃねぇよ」
「虎徹さん?」
 顔を上げようとしたが、ぐっと押さえ込んだ虎徹の手がそれを許さなかった。なおも虎徹は言葉を紡ぐ。
「お前はもっと他にあんだろ。俺じゃなくって、可愛い彼女とか作って、平和に結婚して子ども作って孫の顔まで見て最期笑って死ぬときにふと思い返して。復讐の為の時間も今の時間の為に過ごした必然の時間だったんだって、笑って、俺のこともそんなかに突っ込んで。面白かったって笑って」
 虎徹の手の力が緩められた。が、バーナビーは顔を上げることなく、続きの言葉を待っていた。指が緩く優しく髪を撫でるのを感じながら、バーナビーは目を閉じた。優しい温もりが心地よかった。
「なのに何でお前、俺なんておっさんにそんなに熱心になってんだよ。馬鹿だろお前。天下のキングオブヒーロー様が、何こんなおっさんに。お前は俺に忘れてた幸せをくれた。だからお前は、もっと幸せになれ。俺がやれるもんじゃねぇから、そういうの」
「虎徹さんも酔ってますよね」
「お前のが伝染った」
 背を丸め、バーナビーの髪に顔を埋めた。鼻をくすぐる細い髪に、思わず笑みが溢れた。
「いいのかね、俺……こんなに……」
「何がです」
 鼻をすする音が聞こえ、バーナビーは咄嗟に抱きしめたくなり身体を起こそうと、神経の隅々に伝令を走らせようとした。だが、全てを拒絶して虎徹のしたいがままにさせることにした。彼がこんなことを口にするのは珍しい。
「なぁ、俺も飲み過ぎたかな」
「さぁ。年だから情緒不安定なんじゃないんですか、オジサン」
「うるせぇ」
「でも僕は、そんなところも全部ひっくるめて、オジサンが、虎徹さんが好きですよ。前も言いましたよね」
「ああ。もう耳にたこが出来るぐらい聞いた」
 虎徹を見上げ、腕を伸ばして頬に触れた。引き寄せると抵抗することなく、顔を近づけてきた。唇に触れるだけのキスをして離した。二人共笑みを浮かべ、目尻にうっすらとこの幸せな時間に対する感謝の涙を少しだけ浮かべて。


END