街の灯りと、室内に置かれた間接照明の仄かな灯りが揺れる部屋は、必要最低限の物しか存在しない殺風景な部屋だった。
今まで広すぎるとも、冷たいとも思わなかった筈の部屋はここ最近で色づき始めていた。
「おいバニー、あれ取ってくれ」
「あれってなんですか」
「あれっつったら、アレだ……そこの」
キッチンの一角電気コンロの前。
フライパンを振りながら「アレ」と指差した虎徹は、中で舞う米を指先でつまみ口に放り込んだ。
「あちっ」
「人にだす料理を、素手で味見するのはどうかと思いますよ」
「お前だから別に良いだろ。大丈夫、ホァンが来たときのはそんな野暮なことしてねぇよ」
「僕相手だったら、何でも良いって言うんですか、貴方は」
はぁ、とあからさまなため息を吐いて手にした調味料を渡した。
元来、体調や体型を最善の状態に維持するという努力はしているものの、自分の手で料理を作ることはあまりなかった。
手の込んだものというより、簡単に作れるものの方がレパートリーに多い。
「お前みたいにちゃんと食わねぇ奴には、ちゃんとしたもん食いもん出せればそれまでの課程なんざ関係ねぇだろ」
「ひどいこと言ってるって、気づいてます?」
「だけどお前、実際そうだろ」
「バカの一つ覚えみたいに、同じ料理しか出さない人に言われたくありませんね」
それしか出来ないわけではなく、ただそれしか作らないのだが、それにしても何度も同じ料理ばかりなのはこちらも飽きてくる。
いつの間にかキッチンには調味料や料理道具の類。それより何よりも食器類が少し増えた。
一人で軽く何か食べようとしたときに、それらを見て動きを止めたことが何度かある。
広く殺風景な部屋に色が付き始める。
「ばっか。此処に来るたびに冷蔵庫がほぼ空っぽなお前が悪いんだろうが」
「だったら、買出ししてから来ればいいじゃないですか」
「残った食材駄目にするのは目に見えてるだろ」
電源を切り、手渡された容器を少し上から振り中身を掛ける。
「だったら」
一つの点は徐々に徐々に色をにじませ、大きく染めていく。
「貴方が来て作ればいいじゃないですか。駄目にする前に」
不思議な存在だ。
Room of Dot.
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」
虎徹は言いながら蛇口を捻り水を吐き出させ、フライパンをくぐらせていた。まくり上げていた袖少し落ちてきていて、その端を小さい水しぶきが濡らしていた。
水を溜め蛇口を閉めると出来上がった料理が乗った皿をバーナビーに手渡した。
「そろそろ、炒飯ばかりは飽きてきましたよ」
「それは俺も同意だな」
「だったら他の物作ってくださいよ」
掌に広がる皿の熱と鼻孔をくすぐる香ばしい香りに、空腹感がよみがえる。
思わず口元を緩めると、こちらを自慢気に見る虎徹と目があった。
「そんなに腹減ってたのかぁ? バニーちゃん」
「貴方の手際が悪いからですよ」
「もう少し素直になってもいいんじゃねぇのか、お前」
「十分素直ですよ」
踵を返し冷蔵庫へと向かった。扉を開け、中のビンを取り出した。
虎徹がシンクを軽く綺麗にしたところで振り返ると、そのビンを前に突き出してたっているバーナビーがいた。
その姿でさえ様になるのだからずるい男だと、自分の相棒を見ながらも手にしているビンを凝視した。
「お、それ、あれじゃねぇか。前に言ってた」
「ええ。貴方が煩いほど買ってこいと言ってたのでね」
「言ってねぇよ」
「いいえ、くだ巻いて言ってましたよ。忘れたんですか?」
「飲みたいとは言ったけど、買ってことは言ってねぇよ」
「言ってるじゃないですか、飲みたいって」
「それと買ってこいは別だろ」
「じゃ、いらないんですね」
口元に浮かべた笑みが、若干意地の悪いものだった。
普段テレビカメラの前で見せるものとは色の違うそれは、いつも常に隣にいる、背を預ける存在にしか見ることが出来ないのだろうと思う。
「いるいるいる。いるに決まってんだろ!」
「だったら、そろそろバリエーション増やしてくださいよ、おじさん」
「折角作ってやってる人にその言い草はねぇだろ」
「作ってと頼んではいませんよ、今までは」
「ああ? ん?」
踵を返しリビングへと向かうバーナビーの背中を見つめて、虎徹は小さく息を吐いて笑った。
「今までは? じゃあ、今のは頼んでんのか? バニー」
「さあ」
外の月明かりに照らされた横顔と、こちらに流された目は様々な思考を一時的に停止させた。
「どうでしょうね、先輩」
色づいた部屋の色は、徐々に大きく一面を染めていく。
fine...