ヒーローの憂鬱
「別に僕は独占欲なんてありませんよ」
「君はそう言うが私の目は誤魔化せないよ?」
トレーニングジムの一角。備え付けのベンチに座り首から垂らしたタオルで口元を押さえ、くぐもったいらだちを含んだ声で抗議したのはバーナビー・ブルックスJrだった。
「それは僕の台詞です」
「そうかな」
そしてその隣で、いつもの笑顔を浮かべたままじっと一点を見つめているのはキース・グッドマン。キング・オブ・ヒーローである彼にしては珍しい眼の色をしていると思ったのがつい先刻。その目線の先を見たのがその後すぐ。
そしてこの会話が繰り広げられ始めたのが今だった。
「キングオブヒーローともあろう貴方が、そんな眼をして彼を見ているなんて。視聴者が知ったらどうなることやら」
「私はヒーローだからね、皆の。外に居るときはそんな事はないさ。そこは抜かり無いし、君と違って素顔は晒さない。ならばそんなモノわからないだろう?」
「でもあるじゃないですか。雰囲気が醸し出すモノが」
「それは私の台詞だとさっきも言っただろ?」
膝に肘を付け、両手のひらをそっと合わせ口元を覆う姿でキースは瞳だけ動かしてバーナビーを見上げた。
ブルートパーズに輝く瞳がこちらを見上げる。それをやはり瞳だけ動かしてバーナビーは見下ろした。
口元には不敵な笑みが浮かんでいた。そのまま数秒停止してキースは目線を再び一点へと戻した。
「まぁひとつだけ言うなれば、君も私も嫉妬深いということだろうかね」
「だから僕はそんなつもりはありませんよ」
「そうかな?」
「何が言いたいんですか」
「私は一応君より長く生きている」
「そうですね」
「そして私も君も正反対だ」
「そうでしょうね」
「だからこそ分かる部分もある」
「僕には理解しかねますが」
目線の先にいた二人がこちらを見やった。
一度瞬きをすると、キースはバーナビーのほうを向いた。
その表情にはいつもの色しかない。
「トレーニングはもういいのかい?」
「ええ、今日はもう。強いて言えばコンビとも認めたくない彼のトレーニングをどうにかするのが僕の残された仕事ですかね」
「コンビではなく一個人として彼を認めたいのだろう、バーナビー君」
「さっきから、何なんですか?」
「私は別に思っていることを口にしているだけだ。それが少々支離滅裂になっているかもしれないと認識はしている。だが此処でお互いに本音を吐露するのは馬鹿げた話だろう?」
「そうかもしれませんね」
バーナビーは立ち上がり、それにつられるようにキースも立ち上がった。
「まぁまとめてしまえば、君はあの二人が仲良く話している様子を視野に入れるのも嫌だということだ。そして、私も」
二人の目線の先。
アントニオと虎徹が二人で何か話している様子を見つめながら、キースは自分自身に呆れて肩を竦めた。
「それはまぁ……否定しませんよ」
「認めるのかい? 珍しい」
「気にくわないんでね、認めますよ」
「ルーキーヒーローらしからぬ眼をしているよ、バーナビー君」
「あなたこそ、キングオブヒーローらしからぬ眼ですよ、ソレ」
「いくらキングオブヒーローであろうと、ルーキーヒーローであろうと、経てきた年月には勝てるはずがないからねぇ」
「それに一番固執してるのは貴方じゃないですか」
バーナビーの溜め息と共に吐き出された言葉を聞いて、キースは明るく軽快な笑いを漏らした。何を考えているのか計り知れない。虎徹とは別の意味で、相手するのが大変そうだと思いながら、バーナビーは口元に小さく笑みを浮かべた。
「君たちはコンビだからあまり他者の介入を危惧しなくていいのは羨ましい限りだよ」
虎徹が手を上げこちらに歩を進め始めた。
バーナビーがいつもの仏頂面になり目線をそらすと、虎徹は上げていた手をひらりと下ろしてポケットに突っ込んだ。視野に入っていないその様子を眼前に浮かべながら、バーナビーはキースに向かって言った。
「僕からすれば、これだけ厄介な視線に晒されながらも平然としていられるあの二人の方が羨ましい限りですよ」
「ああ、それは私も同意だよ」
「お前ら何話してたんだよ、仲よさ気に」
虎徹の脳天気な一声に、バーナビーは眉間に皺を刻み「別に関係ないでしょう」と一蹴して踵を返した。
その口元に不敵な笑みを浮かべながら。
「なぁ、何話してたんだスカイハイ」
「それは私に聞かず彼に聞くべきじゃないのかい、ワイルド君」
そう言って一歩踏み出したキースの背を見ながら、虎徹は仲間はずれにされたような感覚に陥り小さく舌打ちをした。
歩いて近寄った先、アントニオの隣につくとキースは肩をポンと押して「さぁ行こう」と呟いた。
「ん? もう良いのかトレーニングは」
「ああ、それ以上に大切な用事が出来たんでね」
そう言って眼を閉じたキースはバーナビーと同じように口元に不敵な笑みを浮かべた。
end...