ScretGarden

「また旦那とヤってきたんですか?」
 しゃがみ込んで目の前で倒れている十四郎に嫌みのように言って、退はにこりと笑顔を浮かべた。
 倒れている、というのは少し意味合が違う。実際には倒されたという方が的確かもしれない。
 疲弊しきった身体を起こすにはもう力が残っておらず、面倒なのでこのまま寝てしまえば良いかもしれないとさえ思えた。例え寝たとしても目の前にいる退が、結果はどうであれ、きちんと布団に連れて行くだろうとは思っていた。
 結果はどうであれ、だが。
「起きたらどうです?」
「てめぇが倒したんだろう」
「やだな。ちょっと足出しただけじゃないですか」
「それが倒した要因だろうが」
 顔を俯けたまま身を起こし、小さく深く息を吐いてスカーフをはずした。
 一応のところ自室だ。自室だがそこに退がいる時点で空気は不穏だ。
 帰ってきて一番あいたくなかった相手ではあるが、待ち伏せをしていたのか入ったら居たのだから質が悪い。
「しかし、これまた旦那にこっぴどくヤられました?」
 首を傾げながら、俯いていた十四郎の顔を見ようと手を伸ばし、顔を隠していた前髪を分けて顔をのぞき込んだ。
 額に撫でつけながら手のひらを滑らせ、頬に触れ、顎を上げさせた。
「っ」
「別に、旦那とどうしようと俺は構わないんですがね。そういう姿ってのはあんまり見せないでくれませんか? 隊の士気にも関わりますし」
「そりゃ悪かったな」
「まぁ、あんまりいい気分じゃないですけどね。一応、俺がいるんですから」
「それはそれ、これはこれだろ」
「だとしても、いくらお偉いさん達の相手をしているとしても、旦那の情人だとしても別に良いんですよ? そこも含めて俺は副長のこと好きですから」
「そりゃどうも」
 調子が狂う。
 手を取り払うと、特にそれ以上何かをするでもなく、退は笑顔のまま立ち上がり十四郎を見下ろした。
「そうそう。副長、忘れてました。言うの」
「あ?」
 ジャケットを脱ぎ置くと、退はそれを手に取りあげた。片方の手で掴み、片方の手が何かを探るように動く。
 妙な緊張に心臓がバクバクと耳に響き、うるさくてたまらない。それがまるで警報のようにも思え、十四郎は息を飲んだ。
「この前手に入れた物の性能が試したくって。ちょっと細工させてもらいました」
「何、言ってんだ」
「これ」
 ぐっと掴んだのは、襟の裏。そして糸が切れる音が耳に響き、目に入ったのは小さなボタンに見えた。
「結構ちゃんと、聞こえるんですね」
 悪びた様子もなく笑う退の眼は、何の色も映していない、あくまで平常心を保った眼をしていた。
 だがそれが異常なことだというのは、十四郎が一番知っている。
 手にしたボタンをポケットにしまいながら、ジャケットを十四郎の頭上から視界を隠すように、ゆっくりと掛けてやった。
「大丈夫ですよ。録音なんてしてませんから」
「てめぇ……」
「近藤局長や、沖田隊長もそうですが、ほかの隊士ももし知ったら、どうなりますかね。副長がこういうことしてるって。旦那や、お偉いさん方に情人としてこっぴどく扱われて良い声で喘ぐとか」
「いい加減にしろ!」
 十分もう分かっている。どれだけ常識を逸脱した、汚いことをやっているかなど、自身が一番よく分かっていた。
 身体に鞭を打ち立ち上がり、退の胸ぐらを掴んで威嚇するように叫んだ。それがどれだけ威力がないかも分かっていたが、そうせずにはいられなかった。
 案の定、退は言った。
「そんな顔で言われても、怖くもなんともないですよ、土方さん」
「はっ……どういう顔してるって?」
 自嘲を浮かべて問いかけた。
 怒る気力も一瞬で失せ、否定する思考もすぐに停止した。
「まだ、足りないって顔。ですかね」
「……聞いてたっていうなら、知ってんだろ、てめぇ」
「ええ」
 退は先ほどのように頬に触れるでも、抱きしめるでもなく、立ったま眼を細め笑っていた。十四郎を蔑んだような瞳が鈍く光っていた。
「覚えておいてください」
 静かに滑りでた言葉に顔を上げた。
「それでも、なにもかも知った上で俺は土方さんのことを受け入れてるっていうことを」
 胸の辺りを這いずり回っていた黒い物が静まっていく。
 衣服がこすれる音がして、退の手の平がやんわりと十四郎の頬を撫でた。その暖かみに思わず眼を閉じ、息を吐いた。
 そして再び、ゆっくりと眼を開けて笑っている退と眼をあわせた。
「……知ってる」
 その言葉に満足し、退はゆっくりと口づけた。


End