舞い、踊る。

 舞うように敵を斬る夜叉がいる。などと言われたところで本人は何も思わない。寧ろ迷惑なだけだがそう云う話はとどまるところを知らず、東へ西へと広がっていく。
 疲れれば刀は重いし敵の攻撃を全く受けない訳でもないので、傷を負えば疲労感はかなりのものである。
(面倒くさい)
 何が。と問われたら、さて何だろうと答える程の感情を吐露する程馬鹿ではない。とにかく戦うことが面倒なのだと言えば、今の世の中では風当たりがきつくなる。ましてや仲間までにそれが及ぶやもしれない。となれば、口から溢れさせなければ良いだけなのだ。
 時折気合を入れる様に怒号を上げ剣先を天高く翳し振り下ろす。無駄が多く見えるが、大きく己の中心に円を描く様に動けばそれが一番早いのだ。周りからは何度も無駄だと言われたが、無駄ではないと思う。
(綺麗だなぁ……不謹慎だけど)
 不謹慎だと分かってはいるが、目の前で散り逝く天人から流れる鮮血は殺伐とした世界に朱色を添える。その感覚が尋常ではないことを理解しながら、銀時は綺麗だと素直に思う。
 敵の斬撃を受け止め、その力を横へと逸らすと一指し。素早く刀を抜き次の敵へと斬りつける。
 その素早い身のこなしこそ、舞うようにと言われるのだが銀時自身は理解していなかった。
 瞬きをした。
 耳元で大きな刀が斬りつけ合う音が響き、一瞬だけ振り返って再び目の前に迫ってくる敵を斬りつけた。
「何やってんだ。余所見たァ大した余裕だな銀時」
「うるせぇよ。てめぇこそ他人の心配する程余裕とは」
「てめぇが余所見してっからだろうが」
 背を守り、そして鼻で笑い去って行ったのは鬼兵隊総督、高杉晋助。
「おんしら、そんな余裕ならこっちば手伝ってくれ」
「てめぇこそそんな声上げる暇あるんならさっさと片付けろ」
 少し遠くから、阿鼻叫喚の世界に響いた底抜けに明るい辰馬の声に、銀時は毒気を抜かれた思いで軽口を叩いた。
「てめぇ、どこ怪我した」
「は?」
「見てりゃ分かる」
「してねぇよ、怪我なんて」
「じゃあ質問変えてやるよ。何処をブツケた」
 一瞬の間。
 銀時はひらりと右手を挙げ、刀を振り下ろした。虫の音程でも尚二人の命を奪おうと起ち上がり向かってきた天人に止めを刺す。
「馬鹿だな」
「るっせぇよ」
「あとどの位大丈夫なんだ、白夜叉さんよォ」
「……一〇分」
「上等だ」
 向い合って無駄口を叩いていた。
 その隙を狙って駆け寄ってきた天人が二人を背後から襲おうと試みた。
 が。
「一〇分だけ、てめぇの左目になってやるよ」
 晋助の刃が、銀時の耳元を微かに撫でるかのように。
「一〇分だけ、てめぇを左目にしてやるよ」
 銀時の刃が、晋助の耳元を微かに撫でるかのように。
 互いの背後の天人の喉元を切り裂いていた。
「足手まといになるなよ」
「てめぇこそ」
「ああ、あと銀時」
 刀を抜きながら晋助は銀時の襟元を掴み引き寄せた。
 重心を取られ身を揺らすと、晋助は笑いながら頬に付いた返り血を指で拭った。
「変な痕付けさすんじゃねぇぞ、こんな奴らに」
 迫ってくる天人達へと、一歩踏み込んだ。
「わぁてるよ」
 銀時も、身を掠める様に一歩踏み出し、そして銀色に閃く刃を天空に向け振り上げ素早く振り下ろした。風を斬る音が耳に届くと、世界に朱が混ざる。
 とん、と背中に何かが触れ、反射的に銀時は右へと身体を反転させた。そして迫る天人を地へと落とす。
 銀時の背には晋助の背が。
「一気に片付けろよ銀時」
「無茶言うな、馬鹿杉が!」
「お前らそんなに余裕が有るなら、こっちに手を貸せ!」
 後方から聞こえた小太郎の声に、銀時は答えず肩を竦めた。
「あと一〇分もしたら行ってやるよ」
 晋助の声に、銀時は首をかしげた。
「一旦戻ってから来い。一息入れりゃどうにかなるだろ」
「ああ……」
 ここ最近の戦況は不利だった。だからこそ、最戦力たる銀時が抜けるわけにはいかなかった。
 ついさっき受けた打撃によって霞む視界を睨みつけた。
 気づかないだろうと思っていたのに、この男は気づいた。
 霞む世界にも朱は鮮やかに広がる。
 刃をひらりひらりとまるで木の葉の様に、風と共に軽く揺らし花を咲かせていく。
 外から見ればそれは優雅に舞うようで、内から見ればそれは修羅の舞でしかない。ただただ世界を色づける為に過ぎない。この舞を辞めてしまえば、何の為に生きるのか。
(何の為に)
「銀時」
 無意識の無音の世界に声がした。
「もっとてめぇには見るべきもんがあるだろ」
 何もかも見透かしている声は踊っていた。戦いながら上げる声にしては明るいそれは、銀時の世界を一気に色鮮やかに染め上げていく。
「だから、生きろ」
 命の減った屍が縦横無尽に転がる地で、その言語は銀時の耳に嫌というほど届き、そしてーー
「てめぇこそ」
 生きる意味を与えた。