盛大な音を立てて歩く男は、数ある部屋のひと部屋へ足早に向かっていた。
 戸を勢い良く開き、人影が見えないのを感じながらも声を上げた。
「総悟!」
 探した人物は案の定見当たらず、小さくため息を吐いて踵を返した。
「トシ、総悟なら今日は非番だ」
「近藤さん。非番? あいつぁ今日は非番じゃなかっただろ」
「ああ、だが」
 その後に続いた言葉に、ああ、と納得しながら目線を反らして外を見た。
「もう、そんなに経つのか」
 小さく呟いた言葉は、近藤の耳には届かないまま風にかき消された。


五〇日



「旦那ぁ」
 ガラス戸を叩く音と、間延びした声に惰眠を貪っていた銀時は目を覚まし、もう一度目を閉じた。
「旦那ぁ、旦那ぁ、万事屋の旦那ぁ。居るのはわかってるんですぜぃ」
「誰がでるか」
 狸寝入りを決め込み、眉間にシワを寄せて再び眠りにつこうとした。
「仕事ですぜぃ、旦那ぁ。出ないってんなら、こじ開けますぜぃ」
 こじ開けるとは言葉だけで、実際にはあのバズーカで撃ちぬくに決まっているのは目に見えていた。なにより、ジャキンという物騒な音が響き、銀時は慌てて身体を起こした。
「お前それでも真選組か? 何考えてんのちょっと!」
 音を立てて開けた戸の先には、普段の隊服とは違う着物で沖田総悟は立っていた。
「旦那ぁ、早く出てくだせぇ。こっちは旦那と違って、時間ってもんは無限に有るもんじゃないんですぜぃ?」
「んだよ突然来て、仕事ってなんだよ」
 銀時を押しのけ、万事屋へと足を踏み入れた総悟は部屋中を眺めた。
 いつもなら居るであろう賑やかなチャイナ服の少女と、眼鏡の少年は居ない。
「あのガキどもは?」
「てめぇもガキだろうが。アイツらは買出しやら買出しやらだ」
「そんな金あるんですかぃ?」
「ねぇから遠くまで行ってんだよ。ほら、安売りとか安売りとかアレだよ。だからよぉ、俺は留守にするにはいかねぇんだ。分かる?」
 総悟からの仕事はいかにも面倒そうだから振ろう。そんな気持が見え見えの銀時のあしらいには慣れている総悟は、目の前に封筒をちらつかせた。
 瞬間、それを手に取った銀時は片目を閉じて中身を確認し、そのまま懐へとしまい込んだ。
「で?」
「付き合って欲しいところがあるんでさぁ」
 そう言って、懐を指さした。
「その中に、燃料費も含まれてまさぁ」
「ん?」
「行きたいところへ、連れてってくだせぇ」
「そんなの俺じゃなくったって、その辺のマダオに頼んででもタクシーでいけばいいだろうが」
 寝癖なのか天然パーマの所為なのか分からない頭をがしがしとかきむしり、ため息を吐いた。
 封筒の中身としては、全く文句のない枚数があった。それが更に、何を考えているのか分からなくさせていた。
「とりあえず、連れて行ってくだせぇ。仕事ですぜ、旦那」
 そう言って笑った総悟の表情に、銀時は目を見開いた。


「そこ右」
 スクーターの後ろに乗った総悟は、道案内をしながら銀時にしがみついていた。
 風が勢い良く吹いてくるので、目を開けておくのも辛かったが道は覚えていた。
 ゴーグルをして運転している銀時はその声に合わせて道を進み、目的の場所へと走らせていた。
 何処に何をしに行くかとは何も言わなかった。
 ただ、その場所へ連れていってくれというのが総悟の依頼であり、そしてそれ以上を詮索しても何も言わなかった。
「なぁ、沖田くん」
「なんですかぃ。あ、そこ右」
 ウィンカーを点滅させながら右へ曲がり、木々に視界を遮られる坂道を登っていった。
「何処いってんのコレ。何かもう道なき道行ってない?」
「人生なんて、そんなもんですぜぃ。あ、そこ左」
 暫くして坂道を下り、真っ直ぐ伸びる道を勢いに任せて進んで行った。
「そのまま、真っ直ぐですぜぃ」
「真っ直ぐ行くと、岩に当たるぜ?」
「旦那だけ当たって砕けてくだせぇ」
 道なりに真っ直ぐ進みながら、銀時は本日何度目かになるため息を吐いた。
「どこまで行くんだコレ。大体の位置ぐらい教えてくれてもいいんじゃないの?」
「……あと少しでつきまさぁ」
「あ?」
 腰に回していた手に力が入り、背中にあった重みが更に重くなった。額を押し付けるような感触があり、振り返ろうと思ったが対向車が来た為にそれは出来なかった。
 そして、小さく呟いた声がとぎれとぎれに耳に届いた。
「く……のいい……ろでさぁ」
「はい? も一回、もう一回言って、沖田くん!」
 今度は銀時に聞こえる程の大きな声が、背中越しに聞こえた。
「空気の良い所でさぁ」




 一時間近い運転は久しぶり過ぎるのと、中々の険しい道のりで銀時は疲れ果てていた。
 盛大なため息を吐き出し、このままじゃ小さな幸せも逃げるものだとボヤきながら空を見上げた。
 空は青く晴れており、あの賑やかな街の喧騒とは打って変わって、静かな木々の揺らぐ音しかしない空間は幼少時代を思い出させるに十分だった。
 静かな空気と、静かな声は良い子守唄に成っていたあの頃。あの日々が続いていれば、今自分は此処にいたのだろうかと柄にもない事を考え、頭を左右に振り払い前を歩く総悟へと目線を移した。
「沖田くーん。まだ歩くの?」
「いや、ここでさぁ」
 そう言って銀時を振り返った総悟の足元は他の土と色が変わっており、掘り返したのがすぐに理解出来た。
 そしてそこが何の為にそうされていて、何の為にあるのかもすぐに分かった。
「そういうことか」
「本当は昨日だったんですがね、仕事の都合上、今日になっちまったんでさぁ」
 そう言って笑った総悟の表情は、万事屋で見たそれと同じでどこか淋しげに見えた。
「旦那には世話になったのと、一人で来るには遠かったんでさぁ」
「俺より、多串君の方が良かったんじゃないの?」
 しゃがみこみ、真新しい石に彫られた文字を見つめ、総悟は小さく頭を振った。
「アイツとは来たくなんてないでさぁ」
「そ」
 総悟越しに見えた石には、総悟の唯一の家族だった姉の名前が彫られていた。
 そして、昨日がその姉が亡くなって四十九日目だった。


 暫くの間喋ることも無く、二人はただその場に座っていた。
 そう頼まれたわけでもないが、銀時は少し離れた場所に座っていた。互いに背を向け、互いに違う方向を見たまま時間は過ぎて行く。
 頼まれない限り動かない。最初にこの『仕事』を受けた時点でそう決めていた。
 総悟は盛大な音を立てて煎餅を食べていた。見なくてもそれが、あの激辛煎餅なのはすぐに理解出来た。
「旦那、食べますかぃ?」
「いらねぇよ。俺は煎餅ならざらめが良いんだ」
「……旦那は、楽しかったですかぃ?」
「あ?」
 姿が見えるわけではないが、目線だけ後ろへと投げた。
「姉ちゃんと、ファミレスで」
「ああ……ありゃあ地獄だった」
 思い出すだけでも吐き気がするパフェを思い出し、苦笑いを浮かべた。
 ほんの時間にすれば一瞬の出来事ではあったが、今背にいる男のめったに見せない弱い部分が見えて貴重な体験が出来たと思えば、あのパフェもいい思い出……とは言えなかった。
「姉ちゃんがいなくなっても、俺の周りにやぁいろんな人間が居る。忘れていく事はないってわかってるんでさぁ。でも、いつも通り、あの場所に居るとどんどん分からなくなっていくんでさぁ。姉ちゃんが居なくっても、何も変わらない。いつも通りだって気づいたら、何か、痛いんでさぁ」
 独り言だ、と銀時は思い目を閉じた。
 風に揺れる木々の音と、その声を聞いて寝る。そう決めた。
「そう思うと、怖いんでさ。今の、何もかもがなくなるってことが」
 そんな小さな呟きを聞きながら、銀時は自分と同じだと小さく、もう数え切れない程ついたため息を吐いた。
「最初っから、背負わなきゃ楽なんだよ」
 そう口にした瞬間、寝ているつもりだったのにと自分を叱咤しながらも、銀時は目を開けて空を見上げ、そのまま地面に寝転んだ。これは独り言だと、自分で言い聞かせながら口を開いた。
「だけどなぁ、そうするとつまんねーぞ。人生こんなすっからかんなのかぁって思うぞ。あれだ。シュークリームのクリームが無い感じにスッカスカだ。それはそれで楽だ。だけどな、一度そのシュークリームのクリームのウマさってのを知っちまうと、クリーム無しには耐え切れねぇ。人間なんてそんなもんだ」
「何が言いたいんですかい」
「お前は最初からクリームがたぁっぷりはいったシュークリームしか食ってねぇだろ? だからお前には無理なんだよ。その怖さも何もかもひっくるめて背負っちまえ」
 ざっと砂が踏みしめられる音がしたと同時に、銀時の視界が暗くなった。
「アンタに、何がわかるんでさぁ」
「そんなもんわかんねぇよ。てめぇの事はてめぇしか理解できねぇだろ? それにこれは俺の独り言だ。それと……」
 顎を上げ、頭に血が上るのを感じながら見上げた顔を覗き込み、銀時は口元に笑みを浮かべた。
「泣くならもっと可愛く泣け。吐き出したい事が有るなら吐き出しちまえ。全部、仏さんに向かっていう独り言だ」
 ぽたり、ぽたりと地面に涙が落ちた。


 帰り道も一時間弱、ひたすらスクーターを走らせる銀時の後ろに総悟はしがみついていた。
 結局、何を言うわけでもなく、何を言われるわけでもなく、そのまま泣いていた。
 手を伸ばすわけでもない、縋るわけでもない。お互いにお互いを求めるわけでもなく、ただ、互いに互いの何かに目を向けてその場にいた。
 歪んだ視界の隅にいた銀時が時折自分を見上げながら、どこか遠くの空を見つめているのを見ながら一体何処を見ているのだろうかと、気になっていた。
 一度だけ、その目線を追うように空を見上げた。
 日が暮れ始めた空を見上げても、見えるのはまばらな雲と宇宙船だけだった。
「旦那ぁ」
「あ?」
「旦那は、何を見てたんですかぃ?」
 スクーターのエンジンをかける銀時に問いかけたると、笑いながら総悟の頭をぐしゃぐしゃに掻き乱した。
「特に何も。強いていうなれば、沖田くんの泣き顔?」
 と腰をかがめ、同じ目線にして意地悪く呟いた銀時の鼻に思い切り指を突っ込んだ。そしてそのまま天高く掲げる。
「旦那、死んでくだせぇ」
「いだだだだだ、痛いよ、痛いよおきたくぅん」
 そんなやり取りをしながら、帰路についた。そしてもうすぐ万事屋へとたどり着く。
「どうすんだぁ? 隊舎まで送ってってやろうか?」
「……お願いしやす」
「んじゃ、こっちだな」
 きた道とは違う道へと曲がるべくウィンカーを点灯させ、ゆっくりと曲がった。
 すぐに見覚えのある建物が視界に入ってきて、車とは違い、徒歩とも違う風景でみると、距離感も変わるものだと初めて知った。
「ほらよ」
「ありがとうございやした、旦那」
 スクーターから降り、礼を告げた総悟はすぐに立ち去ろうとせず、何かを言おうと立っていた。
 それを知ってか知らずか、銀時もまた走り出す事なくその場でエンジンを吹かしていた。
 ハンドルに寄りかかり、下を向いた総悟の顔をのぞき込むようにしながら、小さく総悟だけに聞こえる声で呟いた。
「大丈夫か?」
「大丈夫でさぁ」
 不思議でたまらなかった。
 初めて出会った時から不思議な男だとは思っていた。
 それが最愛の姉を失った、この五〇日という日数の間にそれにすり替わる様にして銀時の存在が大きく割合をしめるようになっていった。
 最初こそ戸惑っていた。
 何故そうなったかと問われれば、多分、姉が亡くなる直前一緒にいたからだろうと、言い聞かせていた。
 そして彼には、土方にも近藤にも、自分にも無い強さを。自分たちとは違う強さを持っていると気づいていたからだと、言い聞かせていた。
 実際にそうなのだろうとも、思っていた。
「大丈夫じゃないんじゃないの?」
 今日、彼に吐かせたため息は数え切れなかった。
 迷惑をかけていると思ったし、彼をあの場所へ連れて行く理由も無いともわかっていた。
 だが銀時と共に行きたいと思った。
 一瞬でも、姉と共に過ごしたあの瞬間があるのだから、銀時を連れて行っても姉は困らないだろうと思ったし、天国でタバスコだらけのパフェでも差し出してるかもしれないと思えば、連れて行って良かっただろうと思った。
 いつでもどこでも、姉には笑っていて欲しかったから。
「旦那ぁ」
「あ?」
 泣き笑いになっているのは重々承知していた。それでも、隊舎の前ということも含めて、涙を拭いいつもの沖田総悟の表情で、万事屋の坂田銀時へ言葉を紡いだ。
「また、墓参りに連れて行ってくだせぇ。ちゃんとお代は払いますから」
「あ? もう懲り懲りだ、あんな長距離」
 けっと吐き捨てながら、銀時はもう一度総悟の頭をぐしゃぐしゃにかき乱すと、ため息を吐いた。
 もう回数は本当に分からない。
「いつでも行きたいときにウチに来い。今日の代金に全部含まれてんだろ? 割りの悪い仕事だ。じゃあな」
 それだけ言い捨てて、銀時はスクーターを走らせた。


 隊舎に戻り、自室に戻り、一息ついた瞬間に一番会いたくない男が部屋を訪れた。
「総悟」
 戸が開かれた瞬間、手元に寄せてあった刀を抜き、剣先を眉間へ突きつけた。
「なんですかぃ、土方さん」
「まて、お前何で突然真剣こっち向けてんだよ! おろせよ! ったく、どこほっつき回ってたんだ」
 剣先までの間合いがあれば、この表情は見とられまいと、俯き加減に睨みつけて言った。
「アンタにいう必要はないでしょう」
 今の顔は、一番見られたくない。
「万事屋の所へ行ってたって、聞いたが。何してきた」
「アンタには関係ないでさぁ。万事屋の旦那に仕事の用事があったから行っただけでさぁ」
「そうかよ。まぁ、面倒事起こしてねぇんならいいけど」
 他に、何かを言いたくて言葉を選びながら土方は立ち尽くしていた。しかし葉が見つからず、舌内をして懐に手を差し込みタバコの箱を手にとった。
 文句なのか、嫌味なのか、万事屋に頼んだという仕事の事なのか、そして昨日についてなのか。
 ライターで火をつけようとした瞬間、総悟の刀が納められ、代わりに総悟は紙切れを差し出した。
「何だ?」
「地図でさぁ」
 二つ折りにされた紙を開き、土方はそこに描かれた地図を見つめた。
「姉ちゃんの、墓の地図でさぁ」
「っ!」
「行くなら一人で行ってくだせぇ。あと、煎餅は忘れないでくだせぇ」
 それだけ言うと、土方を思い切り蹴飛ばし、文句を言おうとした瞬間に戸をしめた。





「旦那ぁ、旦那ぁ、仕事でさぁ」
「だーもー、何なの! 君たちは仕事してないの? 税金泥棒なだけなの?!」
「旦那は税金ちゃんと納めてくれてんですかい?」
「納めてるじゃなぁい。消費税を」
「それだけじゃないんですかぃ?」
 そんな会話の後、昼下がりの街を再びスクーターで疾走することとなった。
 暇になったという総悟と、年がら年中暇の銀時は、神楽と新八に店番という名の留守番を頼み外へと出て行った。
 アレから三日と経っていない。
 確かにいつでも連れて行ってやるとは言ったものの、まさかこの短期間に来るとは思ってもみなかった。
 総悟は、暇なのかと言われても文句は言えまいと思いながらも、どうしても姉の元へと向かい、そして言いたい事があるので無理やり午後からの時間を作り出していた。実際には、全ての面倒事を土方に押し付けているのだが、それはまた別に話しである。
「ったく、そんなに姉ちゃんが好きなのかよ」
「……どうなんでしょうねぇ」
「あ?」
 珍しい返事に、銀時は後ろを振り返った。
 背中に頬を押し付け、そっぽを向いている総悟が何を考えているのかはさっぱり分からなかった。
 何故コレほど自分に懐いているのかもよく分からないでいた。
「ちゃんと前向いて運転してくだせぇ。前方不注意で切符きりますぜぃ?」
「はいはい」
 でも、相手をするのは嫌いでは無かった。
 つい三日前にも来た道を辿り、着いた墓の前に座ると総悟は小さく呟いた。
「旦那ぁ」
「あ?」
「これからのは、全部独り言でさぁ」
「ああ」
 そんなのは言われなくてもわかっていた。
「姉ちゃん。俺はぁまだ良く分かんないんですがね、どうやらこの銀髪のバカ侍の事を好きになったみてぇなんでさぁ」
 その言葉に、銀時は思い切り吹き出すと顔が見えない後ろ姿の総悟を見下ろして固まっていた。
 総悟ぐらいの容姿があれば、自分の様な年上の、しかも男にそういう台詞は言うもんじゃないだろうと思いながら。
 この総悟の『好きになった』という台詞が、普通の好きでは無く、恋愛感情に至るそれだというのは何故だかすぐに理解はできていた。
 自分が若干、それにも似た感情を持って、この目の前に居る少年を護ってやりたいと何処か抱いているからなのかもしれないが。
 それに何より、普段の生活上の場所ではなく、この場所でその言葉を口にする時点で冗談でも何でもないのははっきりわかっていた。
「姉ちゃんはどう思いますかぃ?」
「おおお、お前、そんなカミングアウト、ここでするか?」
「……よく、理解出来ねえんでさぁ。自分の感情も、それこそ、あの野郎が姉ちゃんに抱いてたって感情も。どこか、遠すぎて自分の身にかかるとワケがわからないんでさぁ」
「だからって、おめぇ……」
「全部独り言でさぁ」
 口をつぐみ、銀時は大きな深呼吸をした。
 そして何となく、空を見上げた。
「この前までの五〇日間、ずっとそんなんがぐるぐる渦巻いていやがって。旦那に俺は憧れてるのか、それともそういう気持ちを持ってんか、それとも恨んでるのか、よく分からない状態だったんでさぁ」
「あのさ、恨んでるっておかしくない? 俺は沖田くんにそんな酷いことした覚えないよ? 多分」
「旦那は、そういう気持ちってのは分かりますかぃ?」
 他人を好きになると言う事についてだろう。
 それは同時に、大事なもんを背負い込む事になる。二度と背負わないと決意したあれらを、更に深く背負う事になるということだ。
 空を見上げたまま、銀時は肯定した。
「旦那にも、そういう人がいたんですかぃ」
「昔な。遠い遠い昔だ」
「今は?」
「今は……」
 目線だけ下を向いた。
 こちらを振り返っていた総悟と目があった。
 刹那の間の後、再び空を見上げた。

 負けだ、と腹の底で言い捨てた。

「できちまったらしい」